脱グローバル化の行く末
アメリカファーストの掛け声のもと、人と物の往来が止まり、脱グローバル化が進むと世の中はどのように変わるのでしょうか。元CIA工作員のGLENN CARLE氏に予測してもらいましょう。怖いですねぇ。
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車のラジオからホワイトハウスが打ち出した最新の宣伝文句が聞こえてくる。「アメリカだけがあなたの安全と幸福を守る」
皮肉は意図していないときに一番効く。スーパーマーケットへと車を走らせながら、ドリスは思った。
今ではこの文句はある意味当たっている。大統領が宣言した「オンリーアメリカ」政策の下、外国製品の輸入は制限されアメリカはあらゆる同盟から離脱した。スーパーの棚にはメイドインUSAの商品ばかりが並ぶ。娘の好物の枝豆はなし。フランス産やイタリア産のワインもない。もうじきピザも姿を消すだろう。実際、ドリスが幼かった1960年代にはピザは外国の食べ物だった。
どのみちワインは変えない。家計が苦しいから。最近車を買い替えたばかりだが、これまで乗っていたほんだに比べ、国産車は法外に高かった。外国車の締め出しはアメリカの自動車メーカーにとっては願ってもないチャンスのはず。だがサプライチェーンは寸断され、増産体制はすぐには築けず...。外国勢の穴を埋めて市場シェアを拡大するどころか、供給不足で顧客が離れ、市場そのものが縮小。米自動車業界のあまりの苦戦ぶりに、失業者の激増を恐れて政府が救済に乗り出したほどだ。
ドリスはディナーのためにアメリカ産のロブスターを2尾買った。今夜はお祝いだ。沖縄に赴任していた海軍勤務の夫が帰ってくる。沖縄の米軍基地は2022年の南シナ海戦争で壊滅的な被害を受けたが、修復はほぼ終わったと、夫は話していた。もめにもめた交渉の末に停戦が成立。以後衝突は起きていないが、一触即発のムードは続いている。
物思いにふけっていたドリスは、レジの列で現実に引き戻された。鎖国政策の影響でスーパーやレストラン、建設業界から働き手がどっといなくなった。深刻な人手不足で、客は延々と待たされるようになり、多くの事業が閉鎖に追い込まれた。それでも失業率は高止まりしている。国境封鎖で人だけでなく、モノとカネの流れが止められたせいだ。
「外国人労働者を締め出したから、こんなに待たされるんだ」。後ろに立っている男がぼやいた。すると、もっと後ろの方から怒鳴り返す声がした。「おい、忘れたのか、あれは中国ウイルスだったんだぞ」
新型コロナウイルスでアメリカはこれまでに200万人超が死亡。医療制度は崩壊攻撃を仕掛け、ウイルスをばらまいたと主張した。ドリスの近所の人たちのざっと3分の1は今もその話を信じているようだ。
その後もコロナ渦は収まらず、政府の無策に人々はしびれを切らし、抗議デモの波が全米に広まった。アメリカ社会を分断する亀裂からマグマのように憎悪が噴出、一部の都市は騒乱状態に陥った。
混乱が広がる中、政府は「中国ウイルスの侵入を阻止する」という名目で国境を封鎖、それがあっという間に鎖国政策にエスカレートした。
天然資源と人的資本に恵まれたアメリカは世界の国々の中でも例外的に、複雑な市場経済を維持しつつ自給自足を達成しやすい。
2018年にはGDPに占める貿易額の割合は27.5%だったが,今では1950年代以降最低の5%にまで落ち込んでいる。外資を締め出したために金利は急上昇。成長は止まり、資金不足で老朽化したインフラは崩壊の一途をたどっている。
ドリスは軍と警察の検問所を迂回するため遠回りした自宅に向かった。
南シナ海戦争勃発時、ドリスの夫はまさにその場にいた。夫が乗り込んだ駆逐艦が航行の自由作戦を決行中、中国の監視船が体当たりを仕掛けてきたのだ。駆逐艦はミサイルを発射し中国船を撃沈。近くのスプラトリー(南沙)諸島に展開していた中国軍が米軍の侵攻に直ちに反応し、中距離弾道ミサイルを発射。米原子力空母セオドアルーズベルトを撃沈した。
この戦争には日本、ベトナム、オーストラリア、インドも巻き込まれた。米軍は南シナ海の中国軍施設を破壊し尽くした。これに懲りてアメリカはあらゆる防衛同盟からの脱退を宣言した。
そこで日本、インド、オーストラリアは南シナ海とインド洋の航行の自由を守るため急遽、「日豪印海上防衛協定」を締結。中国向け貨物を積んだ船舶をマラッカ海峡から締め出した。中国市場を失って原油価格は暴落。中東全域に混乱は広がった。
アメリカが抜けた後、NATOは「欧州条約機構」の略称であるETOと改称。中東からの難民の大量流入に対処するため、南欧諸国に重点的に兵力を配備した。その隙にロシアはウクライナ東部を併合し、バルト三国との国境地帯にも大量の兵員を投入。南部と東部の二方面の危機にさらされ、ETO加盟国は徴兵制の再導入に踏み切ることになった。
ドリスの乗るアメリカ車はスピードメーターが機能しない。鎖国政策下では国際競争にさらされないため、品質の低下が避けられないからだ。ラジオではこの政策について意見を聞かれた共和党支持者が「本物のアメリカ人のためにアメリカの雇用を守る政策だ」とわめいていた。
本物のアメリカ人って白人のアメリカ人のこと?かつては誰でもアメリカ人になれたが、今ではアメリカ人か非アメリカ人かが厳しく問われる。ドリスはアジア系だ。まるで日系人が強制収容された第二次世界大戦中に逆戻りしたようだ。
ラジオからは大統領の声が聞こえる。「閉鎖した国境の向こうを見るがいい。何もかも狂っている。いかれた国々と付き合う必要はない。あなたを守るのはアメリカだけだ!」
ドリスは家の前に車を止めた。自由が失われていくなか、人々は内向きになっている。政治や社会への関心を失い、デジタル世界に引きこもっている。自分で選択し、新たな課題に挑戦して、可能性を広げるーそんな試みは今や過去のもの。
夕食後ドリスは夫とネットフリックス配信のファンタジードラマを見ることにした。その題名は{国境を越えてー夢の売り買い}だ。
おわり
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